エッセイ♪ 

■北海道新聞 毎週金曜日「風に乗せて-街から」に投稿しています。
 今年掲載された分です。

 ■街の旅  4/25

 駅におりたち、初めての街の楽しみは普通の商店街。その土地でしか使わない雑貨が売っている店。食堂では聞いたこともないメニューが あり、近所のおばさん達が、土地の言葉で人の噂話をしながら食べている。アーケード街のウインドウには今は懐かしい演歌歌手のポスター。だれ一人自分の事 を知らない開放感にひたりながら歩く街の旅。

 ハコダテヤー、ハコダテヤー、帽子の専門店、ハ・コ・ダ・テ・ヤ・・初めて釧路の街に来た時、耳に残ってつい口ずさんでしまった北大 通りの街頭放送。「泉屋のスパゲティの大盛りはフライパンにのってくるらしい」「駅前の定食屋は450円あれば腹一杯食えるって?」

 そんな釧路が好きで始めた民宿休坂は、メシなし、風呂なしの宿。
 「朝、カモメの鳴き声で目が覚めてしまうのですよ。普段聞き慣れないとびっくりしますよね」「あのボー、ボーっていう音はなんですか?」「佐野商店の ホッケはウマイですね。お土産に買っていきます」。

 休坂に泊まる旅人には、普段の釧路が一番の観光地。故郷を遠く離れ、仕事に疲れ、片思いの人の事を想いながら見た幣舞橋からの夕日 は、いつまでも心に残る。


 ■鉄道ファンと臨港鉄道 7/18 

 「釧網線に使われている列車はキハ54系と40系で、扇風機が付いて、なんといっても窓が開けられるのがいいですね」
「ふーん、で、そのキハって何?」
「キはディーゼル車、ハは普通車の事なんですよ」

 釧路湿原のへりを「湿原ノロッコ号」が走る釧網線には多くの鉄道ファンが訪れ、休坂の夜の飲み会ではしばしばこういう会話が交わされ る。  鉄道ファンと一口に言ってもいろいろなジャンルがあり、乗るのが好きな人、写真を撮る人、貨物列車ばかり追いかけている人、夜行列車専門、また最 近各地で観光目的のため運行再開されて人気の蒸気機関車「SL 」のファン。その中で意外と知られていないのが釧路市内を走る石炭運搬専用列車「臨港鉄道」のファンだ。

 昭和38年までは旅客列車も運行されていた臨港鉄道は、その後、石炭運搬専用列車となり、平成14年の太平洋炭鉱の閉山で列車の存続 も危ぶまれたが現在も運行されていて、今では国内で唯一の石炭運搬専用列車として貴重な存在になっている。

 重いカメラ機材をレンタカーに乗せ、コンビニで食料を調達し撮影ポイントへ向かう。高台から見た臨港鉄道と春採湖。紫雲台から望遠レ ンズでとらえた弁天が浜を走る列車と太平洋の荒波。昆布取りをしている知人(しれと)の海岸をゆく列車。不定期に運行される列車を辛抱強く待ち、一瞬の シャッターチャンスに賭ける。
「観光客のためのSLとは違い、今も石炭を運び地域の産業を支えていることが臨港鉄道の魅力ですね。うわついていない重みを感じますよ」
釧路観光のヒントかもしれない。

 臨港鉄道 撮影 中鉢直さん


 ■方言

 「北海道には方言がないですね」と、よく旅人に言われる。
 確かに、関西弁や東北弁のようなはっきりした方言はないかもしれない。
 20年前、釧路に住み始めた頃、就職したのが魚箱製造会社。いわゆる製函(せいかん)工場。そこで私が担当した仕事は、鮭やサンマを入れる魚箱に「特選  荒巻鮭」や「厚岸 冷凍さんま」等といった文字を印刷する仕事で、特にサンマのシーズンになると夜中までの残業は当たり前の忙しさだった。その様な忙し さの中で時には運搬が間に合わず、トラックに魚箱を満載し、水産加工場や直接漁船まで運搬することもあった。
 そのような時、漁船に魚箱を持って行き一息ついたところでの漁師のおじさんとの会話。
「この魚は何という名前ですか?」
「これかぁ こりぁ おめぇ チガレイよ」
「えっ?チガレイ?」
「ちがう!、チ(黄)ガレイだぁ」
「はぁ? ああ! 黄(き)ガレイ?」
「うんだ チガレイだ」。

 製函工場でもかのようなトラブルは数多く。
例えば、早く地元の人と馴染むために方言を覚えようと、私なりに頑張っていた頃。
地元ではカモメのことを「ゴメ」と言う。
 「そうか、かもめはゴメ、かもめはゴメ」と心で繰り返し、「あそこに飛んでいるのはモメですか?」と言ってしまった。(カモメだからモメ)
 一瞬、おばちゃん達の表情が固まり、その後、ゴメのことをモメと言った事を知ると一斉に爆笑された。でもそこのおばちゃんのなまりもいい感じで、自分の 子どもの名前を「ひろ子」と名付けたのに、その子どものことを「しろ子」と発音していた。「ひろ子」さんが自分の名前を「しろ子」ではなく、「ひろ子」だ と気が付いたのは幾つの時だったのだろうか。


弁天ヶ浜 撮影 中鉢直さん

 ■地震、休坂の二次災害。

 10年前、釧路沖地震の時の話。
 「すごい揺れだったねえ。だけどもう大丈夫。家が壊れなくてよかった」。家族を落ち着かせるためなのか、自分に言い聞かせているのか、あまり意味のない 言葉を何度もつぶやきながら家族の無事を確認しあった。外では救急車や消防のサイレンがけたたましく鳴り続き、被害がかなりひどかった事が予想された。
 幸い、この地域は古い民家が多い割に家屋の被害が少なかった。後で聞いた話では、この付近の高台は強固な岩盤の上にあり、かなり地盤がいいそうだ。また 古い木造建築は大きな揺れにも強いのかもしれない。
 少し落ち着いたところで棚やテーブルの上から落ちた数冊の本や小物などを拾いかたずけ始めたが、まだ恐怖で身体が小刻みに震えている。

 このままだったら何も被害のない昨日と同じ生活に戻れたはずだった。

 突然、「キャーッ」という悲鳴とともに、妻の持っていた消化器からオレンジ色の細かい粉末が吹き出し止まらない。瞬く間に部屋中が粉 まみれになってしまった。壁に立てかけていた消化器が倒れ、それをもとに戻そうと、丸いフックを何かに引っかけた拍子に、何らかの原因で粉が吹きだしたら しい。そこへ隣のおばさんがお見舞いに、ガラっと窓を開けて「あんたら、大丈夫だったかい?・・・・うわっ!なにこの粉は?なんしたのさ!」

 今年の9月29日、平成15年十勝沖地震。早朝から家族みんなが飛び起き、恐怖と睡眠不足の中、ボーッとテレビのニュースをみてい た。と、その時、パラ・パラ・パラパラと乾いた音。妻のビーズの腕輪のひもがほどけ、床一面に散らばったビーズ・・・・・。今回も強固な岩盤と揺れに強い 建物のおかげで被害はほとんどなかったのに。


 臨港鉄道にリゾート列車の運行

 「道東の食財や観光資源を使ったビジネスアイデアを募集します。グランプリは賞金30万円」。平成12年秋、このような内容の新聞記 事を目にし、日頃考えていた事をまとめて応募してみました。
 釧路の米町、千代の浦、春採湖周辺は古くから釧路観光のメッカになる要素があるにもかかわらず、釧路駅からの交通手段が不便で、また夏場の霧と寒さが、 ただ歩いて観光するにはそぐわない所です。
 そこで臨港鉄道を釧路川沿いに延ばし(MOOの対岸付近)、終点は現在の炭坑までの、自転車なみの速度でのんびり走るリゾート列車を運行します。天井は ガラス張り。暖かくゆったりとした車内では喫茶、アルコールの提供をし、仮に天気が悪くても楽しめます。

 まず始発の幣舞橋を出発すると、整備された釧路川の護岸を行くのんびりとした風景。漁船の荷揚げ風景。知人海岸や弁天が浜から眺める 大平洋の夕日。夏の夜の漁り火は感動します。千代の浦海岸から春採湖に入り自然ウォッチウング。終点の採炭場では実際の採掘現場に入れる施設の整備をし、 生の炭坑を体験します。
 また、まもなく廃校になる弥生中学校の跡地には、霧多布岬にある温泉施設「ゆうゆ」のような温泉施設を建設し、沿線の付加価値を高めます。
 これまで道東観光のお客さんにとって釧路は、旨い魚を食べ、ただ寝るだけの所というイメージがありましたが、このリゾート列車運行によって観光客の興味 が釧路市内へ注がれ、滞在型観光の足掛かりになると思われます。
 
 このアイデアで「グランプリはいただき」と自信満々応募しましたが、結果は見事落選。まあ、冷静に考えてみれば「この不景気の時代に誰がその資金を出す のか」と言われればかなり不安になります。しかし、このような実現不可能と思われる「夢のようなアイデア」を多くの人が出し合えば、これまでにはなかった 釧路の魅力の創造につながるのではないでしょうか?

写真「釣り公園から眺める臨港鉄道」撮影 中鉢直さん


 ■乗馬の魅力

 ヒッチハイクで旅をしていた時、乗せてくれたトラックの運転手さんは、「北海道で暮らしたい」という私にアドバイスしてくれた。「北 海道で働くんだったらやっぱり牧場だ。日高の方に行けばいっぱい牧場があるべさ」。そんな理由で日高の牧場で働く事になった。
 牧草を刈り取った後の青臭いにおいの残る草原を、初めて馬に乗り駆け抜けた風景は爽やかな感動として今でもよみがえってくる。
 その後釧路に移り住み、しばらくは馬と接する機会がなかったが、最近民宿のお客さんを案内して「山花公園ふれあいホースパーク」で乗馬を楽しむように なった。ここの馬はドサンコが多く日高の牧場でサラブレッドに乗ったいた時の感覚とはだいぶ違いがある。馬たちの性格は穏やかで、しっかり調教されている ので初心者でも安心して乗馬を楽しむことができる。
 ホーストレッキングに挑戦してみた。動物園に隣接している山花公園の山道を約50分かけて馬の背中に揺られて歩く。「道草を食う」という言葉通り、脇に 生えている笹の葉などをムシャムシャ食いながら歩く。急な坂道や悪路も全く気にせずドンドン進む。繊細なサラブレッドでは決して味わえない乗馬の魅力だ。 かつて未開の地を開拓した時代、これほど頼りになる動物はいなかったのではないかと実感させれられる体験だった。

 冬期間ホースパークはお休みしているそうだが、お客さんの少なくなる時期、馬に乗って動物園見学ツアーはどうだろうか?「除雪してい ない園内を厚着して馬に乗り、象やライオンを見る」。想像しただけで楽しくなってしまう。


■旅に出よう

 

 夏の観光シーズンい入ると、色々なタイプの旅人が休坂を訪れるが、その数は年々減少傾向にある。

 かつて、汽車を利用し大きなリュックを背に旅をしていた「カニ族」は赤字ローカル線の廃止等で不便になった汽車の旅を止め、利用交通 手段を飛行機とレンタカーに変えた。また、釧路〜東京間のフェリーが運航していた頃はオートバイで旅をするライダーが多かったが、フェリーの運航中止を境 にその数は激減してしまった。

 その中でチャリダーと言われている自転車で旅する人や、その他、ユニークな方法で旅をしている人はまだ健在だ。
 昨年休坂を訪れた東京都小金井市のKさんは50才半ばの会社員。一ヶ月のリフレッシュ休暇を利用して自転車旅行を計画した。稚内をスタートして網走、根 室、釧路まで海岸線を走覇。あと4〜5年かけて北海道一周する予定だそうだ。
 今年埼玉県から来た男性iさんは、一日の走行距離が平均100キロの走り屋チャリダーで、昨年は一ヶ月半の休暇を取って鹿児島から稚内までの日本縦断旅 行を成し遂げた。また、以前の新聞報道によれば、80才半ばの男性が重さ80キロのリヤカーを引いて徒歩で道内を旅行中らしい。

 こんな旅の話を聞いていると無性に旅心が刺激される。そう言えば私自身、しばらく旅らしい旅をしていない。
 今年の正月、札幌で宿屋の経営をしている知人から「旅人の少ない時は、旅人になるしかありません。」と書かれた年賀状が届いた。
 また旅人になるか!

 実は今、密かに計画している事がある。それは釧路から歩いて稚内までの旅だ。目標は一日30キロ、一日6時間は歩く計算になる。もっ か、暇があれば春採湖周辺を歩いてトレーニング中だが、私も今年で50才、体力と気力の衰えは顕著で、この旅の計画が本当に実行されるのかは、怪しい。


■釧路の新名物誕生!

 その日は朝から、何となく近所の人達が落ち着かない。

「なんか、すごい物が上がるらしいよ」「三尺って言ったら約一メートルかい、そんなもんが打ち上がるって?」

 今年が第一回目のお祭り「釧路大漁どんぱく」は、秋晴れの爽やかな天気に恵まれ、9月3日〜5日に開催された。釧路地方の秋の豊かな 海産物と農作物をたっぷり味わう食の祭典。又、釧路で初めて打ち上げられる「三尺玉」が目玉の花火大会は、観光客のみならず、地元の住民にもかなり魅力的 な催しになる期待感で溢れていた。

 民宿休坂のある浦見の高台は、海から打ち上げられる花火を観覧するのに絶好の場所だ。昨年までの花火大会は8月の初旬に開催される 「くしろ港まつり」の中で行われるのが恒例で、近所の人々はこの高台から花火観覧を楽しみにしていた。しかしこの時期発生する特有の霧で、音と光はすれど 形が見えない花火を、寒さに震えながら観覧するのが常だった。

 

 向かいの家、Tさんのご主人は昼から二階のベランダの掃除に余念がない。「いい花火日よりになりそうですね」と話しかけてくる。

 夕方6時頃から厚着をした家族連れやカップルが集まりはじめる。泊まりのお客さんは近所のスーパーで総菜とビールを買い求め、早々と 場所取りを始めた。7時、時間通りに華やかな炸裂音と共に大輪の花が夜空に広がりはじめる。MOOの前と港内の二カ所で打ち上げられる花火はステレオ効果 をかもし出し観客を飽きさせる事はない。

 そして、いよいよその時が近づいて来た。一瞬の静寂の後、どこからともなくカウントダウンの声が聞こえる。5、4、3、2、 1・・・・これまでとは違う大きな火の玉がゆっくり、しかも高く高く登り上げ、今まで見たこともない巨大な光の大輪が釧路港の夜空を真っ赤に染めた。数秒 後に響く爆発音は釧路中の窓ガラスを振るわせ、大輪から流れ落ちる炎のすだれは釧路港に突き刺さった。一瞬、声を失った観客の中からどこからともなく拍手 が沸き起こる。

 「いいぞ!釧路」「やるじゃないか」

 新しい釧路名物の誕生だ。

 


■大雪
−冬の厄介者も旅人には観光資源−

 まるで春先のような大雪になってしまった。
 朝から家のまわりや車を出すための除雪に追われた。湿った雪の除雪作業は日頃の運動不足がたたり身体のいたるところが痛み、気分も重くなってしまう。か つて北海道に来た頃のキラキラとした雪へのあこがれはすっかり消え去り、年々除雪作業がおっくうになってくる。

 初めて釧路に来たのは約20年前の3月。春採湖近くの宿に宿泊していた時もこのような大雪の日があった。
いくら除雪しても積もり続く雪をお客さんも手伝ってスコップでかき出し、大きな雪山を作った。冬の北海道に美しいあこがれしか持っていない観光客が一番 やってみたいことは、「やはりかまくらに入って雪見酒でしょう」との意見の一致で、さっそく雪山に穴を掘り数人が入れるかまくらを作った。
 完成したかまくらの中に入り熱燗をすすると気分はすっかり「春を待ちわびるおしん」。いや、幼いおしんは酒を飲まないからおしんの父さんだ。「今年は米 が不作でよお、年越せるかしんぺえだぁ」などと疑似おしん父さんを満喫した後、「今夜はここで寝てみたい」という人が現れた。
 冬山で遭難した場合、雪に穴を掘りビバーグするという知識は知っているが誰も経験したことがない。スキーウエアーを着込み、羽毛のシュラフに入りビバー グの用意をする。また宿主の提案で湯たんぽを入れることにした。
 次の日の朝遭難者は、「汗をかいて眠れなかった」と言いながら無事生還した。
 

 今、冬の北海道に来る旅人は激減した。今時の大学生の卒業旅行は「カップルで沖縄やアジアのリゾート地でのんびり」が主流で、かつて 無邪気に雪と戯れられたのは「青年は荒野をめざす」時代の若者だったからなのだろうか。
 しかし去年の冬、意外な楽しみを発見した。それは「氷割り」。「今まで氷割りなんてやったことがないですよ」と言いながら慣れない手つきでツルハシを使 い、「パカンと割れる感触がたまらないですね」と結構好評だった。

 毎年凍った歩道で転倒するお年寄りが後を絶たず、かといって財政難の行政にこれ以上期待するのも無理だとすれば、歩道の氷割りボラン ティアを全国から募集したらどうだろうか。しかも宿泊は氷のかまくら「イグルー」ですよ、と宣伝すると、新しい刺激を求めた若者達が街中に溢れるかもしれ ない。


外国人旅行者と銭湯

 「日本に来て半年になりますが、まだ銭湯に入ったことはありませ〜ん」

 函館の近くの瀬棚群北檜山町に住み、英語の補助教員(AET)をしているアメリカ人のDさんは冬休みを利用して休坂を訪れた。なんと なくビル・ゲイツに似ている彼は流ちょうな日本語で「銭湯、とても楽しみです」と語った。

 民宿休坂に来た旅人は近所の銭湯に行く。若い人達の中には未だかつて銭湯を経験したことがなく、とまどう人もいるが、大多数の旅人に は「清潔でちょっと熱めのお湯の釧路の銭湯」は好評だ。繁華街でうまい魚料理を食べた後、ゆっくり銭湯に浸かって旅の疲れを癒している。

 日本人にとってお風呂は欠かせないものだが、外国人旅行者はゆっくりお風呂を楽しむ習慣がないせいか(休坂に来る旅人だけかもしれな いが・・)あまり銭湯に興味は示さない。それでも「せっかく日本に来たのだから」と銭湯の良さを説明し、なるべく行ってもらうようにしているが、その反応 は様々だ。

 数年前、パプアニューギニアから来た画家で自然保護活動をしているsさん(男性)は、同行の日本人通訳の女性からこと細かく銭湯につ いて説明を受けた後、行ってみる事になった。それでも一人で行くのは不安だろうと私が一緒に付いて行き、ドキドキ銭湯初体験ツアーは行われた。しかし、扉 を開けて中を見た彼は、ただ「ノー、ノー」と繰り返し、頭を抱えた。説明された事と彼のイメージのどこが違っていたのだろうか。もちろんドキドキツアーは 中止された。後に「こんな野蛮な事はできない」と通訳の方に話していたそうだ。

 またこれも数年前、台湾から来た5人連れの女性達は銭湯に行くことをとても楽しみにしていた。その頃台湾では空前の日本ブームで日本 のホームドラマも人気があった。「ドラマのなかで銭湯のシーンがよく出てきますよね、一度体験してみたかったのです。釧路で入れてラッキーでした」と、恐 れを知らない女性達の銭湯体験は大満足だったようだ。それにしても気になるのはそのドラマの題名だが、もしかしたら女性風呂が出てくるのがちょっと楽しみ だった「おかみさん、時間・・・」だったのかな?

 さて、ビルさんは不安と楽しみが半々の中、一人で出掛けて行き、無事に初体験を済ませた。「受付の人が女性でした。その前で裸になる のはちょっと恥ずかしいですね。でもお風呂は清潔でとても気持ちがいいです。問題ありませ〜ん」だそうだ。

 外国人旅行者にとって日本の銭湯は、日本人が海外旅行に行き、仕切のないトイレで用足しをするくらい勇気のいる事かもしれない。だ が、それだけ大きな思い出として残り、帰国後も語り継がれるのではないだろうか。


「夕べの止まり木」より

恋人達におすすめの散歩道

 ようやく春めいた日が訪れ、街にウォーキングを楽しむ人達が増えて来た。最近の健康志向で最も無理なく効果があるとい われている ウォーキングは
、歩かないといわれている釧路の人たちにもようやく浸透したようだ。

 そのメッカともいえる春採湖畔の遊歩道は市街地にある湖とは思えないほど自然が豊かで、南から渡ってきた野鳥や早春の 草花を眺めなが らの散策は、
一周五キロ弱のコースを飽きることなく楽しめる。

 ただ旅人感覚では地元の人達の生活の場が一番の楽しみだ。ホッケやコマイが干してある店先や北大通りの街頭放送を聞き ながらぶらぶら 歩く。やっかいものの霧も旅人にはロマンチックな雰囲気を演出する大切な要素なのだ。

 先日の夕暮れ時、幣舞橋から久寿里橋の間にできた河畔の遊歩道を歩いてみた。美しく整備された歩道から眺める釧路川 は、オレンジ色の 街灯の明かりが遠近方をなして、
まるで港に流れる天の川のようだった。

 そういえば去年の夏、「今日彼女に結婚を申し込んだんですよ!」と顔を紅潮させた若いカップルがちょっと照れながら告 白した。一昨年 休坂で出会い、遠距離で交際を深めてきたライダーの男性は、プロポーズの場所は幣舞橋でと決めていた。一年後、二人は釧路で落ち合い食事を共にした後、
天 の川の中で永遠の愛を誓ったそうだ。

 肌寒い霧の中でライトアップされた幣舞橋を眺めながら歩く河畔の遊歩道は、
恋人達の散歩道となるに違いない。




 旅の途中に出会う日常の風景

 道ばたのタンポポも一斉に咲き出し、いよいよ北海道も夏の観光シーズンに入ろうとしている。バイクでのツーリングには まだ肌寒いが、 夏を待ちきれないライダー達がぼちぼち目立つようになってきた。

 そんなある日の事、毎年北海道に来ているライダーのKさんがのんびりと玄関先で荷物を積みこんでいると、「建前の餅ま きをやるのでぜ ひ来て下さい」と書かれたチラシを受け取った。
 「餅まきかあ、いそぐ旅でもないし、行ってみましょう!」とみんなで出掛けることになった。
「傘は持っていかないのですか?」とKさん。そういえば傘を逆さにして大量獲得を試み、ひんしゅくをかっていた人もいた。

 会場の前にはすでに近所のおばあちゃんや小さなこどもたちが集まっている。
破魔弓も飾られ、建主さんの挨拶もあり雰囲気が盛り上がっ たところで一斉に餅やお菓子などがまかれた。
 ちょっとはにかみながら待っていた人たちも、この時とばかりに我を忘れて拾いまくった。拾っている背中にも容 赦なく次から次へと餅がまかれる。「いたい、いたい、もうまかなくていい!」とおばあちゃんが叫ぶ。この時のためにも傘は必要だったのかもしれない。まる で山田洋次の「寅さん」に出てくる一場面のようで、思わず笑ってしまった。

 こんな日常の風景に出会えるのも、のんびりとした旅ならではの楽しみなのだ。 もちろんこの夜のおかずはお雑煮で、ついでに各地のお雑煮談義にも花が咲いた。




                                                            変わりゆく旅人たち

 北海道が舞台の映画の中で「幸福の黄色いハ ンカチ」は、
当時が北海道観光のピークであったこともあり、旅行客でごったがえす観光地の様子や、
また横柄な受け入れ側の様子なども映し出され、
華やかな繁栄と衰退(変化?)の兆しが象徴された映画でもあった。
 
 旅人宿といわれる宿泊施設が道内各地に現れたのもその頃で、
その建物は古い農家や民家、廃校になった学校などを改修して利用された。
施設的には不便な面もあったが、利用料金の安さや情報交換の場として人気があり、
その存在は旅人たちの口コミによって広がり多くの旅人に知れ渡った。
しかし、今では新築の宿や、ペンションのような旅人宿も増え、
利用する旅人の雰囲気も微妙に変わりつつある。

 民宿休坂はその当時の旅人宿の伝統(?)を忠実に守り、
今でも、建物は下宿屋の再利用、二段ベッドで男女別相部屋、風呂なしの宿だ。
大学生や若い社会人が主役だった旅人の年代も高齢化し、団塊世代の旅人も多くなった。
議論好きな団塊世代と個人主義の若者が集う休坂はこれからどんな話題で盛り上がっていくのだろう。
「実は父親との関係があまり良くなくて、ここ数年まともにしゃべったことがないんですよ」
と、若い旅人から聞くことがある。
親子くらい年齢の離れた旅人の集う夜の飲み会で、
「お互いの立場が少しは理解できた気がします」となればいいのだが・・・。



熊は出ませんか?

北海道を時計回りに走って来たライダー達が、初めて釧路に着いた時の街の印象は
「以外と都会だった」と思うらしい。
どんな街のイメージだったかを聞いてみると「不毛の大地にたたずむ小さな港町」
と答える人が多い。確かに稚内を過ぎ、オホーツクから知床、摩周湖などを巡って
広大な大地を満喫した後、湿原の端に突如として現れるビル街は充分に「以外と都会」なんだろう。
 
 以前、宿泊問い合わせの電話で、「駅から宿まで歩いて何分くらいかかりますか」との問いに
「だいたい40分くらいですね」とお答えしたところ「途中、熊は出ませんか?」
と質問されたことがあった。その時は大笑いして「釧路はけっこう都会ですよ、
安心して歩いて来てください」ということで納得して頂いた。

 ところが先日、「釧路市内の幼稚園の裏に熊が出没」と言うニュースが流れた。
どこだろうとよく聞いてみると、どうやら阿寒湖畔の幼稚園らしい。
阿寒湖畔なら熊が出ても不思議ではないのだが、この度の市町村合併で、
阿寒町と音別町も釧路市になり、阿寒町は釧路市阿寒町となった。
それで「釧路市内に熊が出没」という見出しになった訳だ。

 このニュースで今後、「熊は出ませんか」的な問い合わせが増えるかもしれない。
しかし、これからは阿寒湖という全国的に有名な観光地も釧路市になったことで、
今までより大自然の中にある街というイメージで釧路市を紹介することができることは嬉しいことだ。