守り続ける「浜の名物」-ホームラン焼きの話-
-花咲港とともに-

 野球ボールの形をした小さなお焼き「ホームラン焼き」。根室市花咲港の街で40年近く前に生まれた名物だ。今年3月、その紹介のため、名物そのままの名の店を訪れた。10年前に店を継いだ2代目店主の板橋秀夫さん(45)と昭子さん(44)夫婦は笑顔で迎えてくれた。
 花咲港は港だけではなく、港周辺の地名でもあり、北洋さけます全盛期の1950〜70年代には、酒場や娯楽施設が立ち並ぶ派手な街でもあった。それが今では人通りも少なく、根室の中心部以上に寂れてしまっている。
港への坂道に面した小さな店。壁に茶色くなった「ホームラン焼き40円」の木札がかかっている。店の歴史を語る板橋さん夫婦の口から「これだけ客が減ったら、もう閉めなければならないかもしれない」との言葉が漏れた。
 冬の根室の漁業を支えてきたマダラが、ロシア200海里内の漁獲枠削減で全面休業に追い込まれた今年1〜3月。例年なら魚を満載したトラックの振動で揺れるはずの古い店が静かだった。逆にそれに慣れることができず、1月のころには「揺れないね」「そうだね」と話したという。
肉体労働には甘いものは欠かせない。かつては漁船の船主や水産加工などが数百個単位で買ってくれた。店の中に函館や石川、富山の出稼ぎ漁師達の声が飛び交い、そのなまりがわからずにいると、怒られることもあったという。それが、この時期、訪れる客はまばらだった。
街には今、入港してきたロシア人の姿が目立ち、ロシア人主体の商売に切り替える店も多い。その反面、昔を懐かしむ声も消えない。カニ販売店を営む橋本定喜知さん(75)も「しけの時はどこも生きのいい漁師さんであふれた。すぐけんかが始まるから、札幌から機動隊が来て待機していた」と話す。

 花咲はしかし、今年もサンマ水揚げ4年連続日本一を記録した。秋以降、街だけでなくホームラン焼きも少し息をふきかえした。冬を迎えて、板橋さん夫婦に、店を閉めてしまうのか、と尋ねた。「うちだけが大変なわけじゃない。もうちょっと頑張ろうと思う」との答えが返ってきた。百円玉を握って買いに来る子ども達の笑顔をまだまだ見たいという。
 ほおばったホームラン焼きが、この日はいつもより甘かったような気がした。
            12月11日 北海道新聞(根室支局 長谷川綾)